<ラーメン屋>
バイト娘「ラーメン一丁!」コトッ
男「あ、どうも」
男「ではさっそく……」ズルッ…
店主「!」ピクッ
店主「ちょっとちょっとちょっと、アンタ!」
男「へ?」
胡椒バッバッ
酢ダバー
ラー油ペッペッ
ではいただきましょう!
店主「ウチのラーメンはスープから味わってくれねえと!」
男「えええ!?」
ザワザワ……
常連A「お、始まったぞ!」
常連B「オヤジさん、かっくいー!」
店主「いいかアンタ、ラーメンってのはスープが命なんだ」ドン!
店主「だからまずはスープから味わってくれねえと……ラーメンが……」
店主「泣いちまうだろうがぁぁぁぁぁ!!!」ドドン!
男「ひいいいいいっ! すみませんでしたぁぁぁぁっ!」
ワァァァ……! パチパチパチパチ……!
常連A「さっすが!」
常連B「かっこいいっす!」
店主「やかましいぞ、てめえら!」
店主「ウチの店は私語禁止なんだ! 注文と金払う時以外、しゃべるんじゃねえ!」
常連A「は、はいぃっ!」
常連B「ルール違反しちまったぁ……」
バイト娘「ラーメン大盛り一丁!」ゴトッ
女「私が頼んだのは、普通盛りだけど……」
バイト娘「あれれ!? そうでしたっけ!?」
店主「コラァ、バイトなにやってんだ! 頭からっぽかァ! 夢詰め込んでんのかァ!」
店主「さあ、食ったらとっとと金払って帰れ!」
店主「こちとらメシ食ってねえ人間に愛想よくする気はさらさらねえからな!」
店主「のんびりしたけりゃ喫茶店でも行くんだな!」
常連A「はいっ!」
常連B「今日もオヤジさんの怒鳴り声、最高でした!」
ワイワイ……
「いやー、怒鳴られた、怒鳴られた!」
「だけど聞いてて心地いいんだよな!」
「癖になるよなー」
ガヤガヤ……
店主「……ハァ」
バイト娘「それじゃ店長、私はこれで!」
店主「……ああ、ありがとう」
バイト娘「お疲れ様でした!」
店主「……ああ、お疲れ」
バイト娘「……」
店主「ふぅ……やっと一日が終わった」
店主(ああ……もう怒鳴るのやめたいよぉ)
店主(怒鳴るたびに、ノドは痛くなるし、なにより心が痛くなる)
店主(本心では好きなように食べてくれてもいいのに、私語も全然オーケーなのに……)
店主(なんでこんなことになってしまったのか……)
店主(インターネットでウチの店を検索してみると……)
店主(ウチの店を褒めてくれる声をたくさん見かける……)
≪味はもちろん、あの怒鳴り声がクセになるんだよなー≫
≪緊張感がたまらない!≫
≪一度行くとヤミツキになっちゃう≫
店主(時には否定的な意見も見かけるが……)
≪せっかくラーメンがおいしいのに、あの怒鳴り声のせいで台無し≫
≪ハァ? バカじゃねーの!?≫
≪お前みたいなクソニワカはお呼びじゃないから!≫
≪あのラーメンの味と怒鳴り声が揃ってこそなんだよ!≫
店主(だいたいこんな流れになる)
店主(怒鳴るのをやめたい……)
店主(だけど、やめたら客足が遠のき、店は潰れてしまうかもしれない)
店主(だからやめることはできない……)
店主(私はこれからも怒鳴り続けるしかないのか……)
店主(――いや!)
店主(このままじゃ、店が潰れる潰れないではなく、私の精神が潰れてしまう……)
店主(味には自信があるし、怒鳴るのやめたって来てくれる客はいるさ!)
店主(よし決めた! 明日は怒鳴らない!)
店主(明日はノー・シャウトデーだ!)
翌日――
<ラーメン屋>
バイト娘「ラーメン一丁!」コトッ
男「あ、どうも」
男(今日はスープから飲まないとな)ジュルッ…
店主(昨日のお客さん……気をつかってくれちゃって。ホントすみません)
茶髪「!」ピロリロ~♪
常連A「!」
常連B「!」
店主「!」
店主(電話だ……)
店主(いつもなら電源切っとけって怒鳴るとこだけど……今日はやめとこう)
店主「……」
常連A「……?」
常連B「なんでオヤジさん怒鳴らないんだ……?」
茶髪「あ、オレだけど……今ラーメン食ってんだけどさ……そうそう例の……」
常連A「きっと体調が悪いんだ。だったら俺らがやろうぜ」ヒソヒソ…
常連B「そうだな」ボソボソ…
常連A「おい、そこの茶髪野郎! 電話なんかしてんじゃねーぞ!」
常連B「ラーメン食うのに集中しろや!」
茶髪「……!?」
茶髪「ごめん、ちょっと待って。変な奴らがからんできて」
常連A「誰が変な奴らだ!」
常連B「店内は通話禁止っていう“法”を知らねえのか!」
茶髪「なんなんだよ、てめえら!」ガタッ
常連A「それはこっちのセリフだ!」ガタッ
常連B「表出ろコラァ!」ガタッ
バイト娘「お、お客さん、やめてください!」オロオロ…
店主(ゲーッ、とんでもないことになってる!)
――
――――
店主(ふぅ……危うく大乱闘に発展するとこだった)
店主(やっぱりもう、私は怒鳴り続けるしかないんだなあ……)
店主「あ、もう上がっていいよ」
バイト娘「お疲れ様です!」
バイト娘「……」
店主「コラァ! いきなりコショウ入れる奴があるかぁっ!」
店主「チンタラ食ってんじゃねえ! 後がつかえてるんだよぅ!」
店主「食い切れねえなら、大盛りなんか頼むな! このボケッ!」
「オヤジさん、かっこいい!」
「最高!」
「また来ますから!」
店主「アハハ……アハハハハハ……」
店主「ハァ……」
そんなある日――
<ラーメン屋>
店主「はぁ~……」
バイト娘「……あの、店長」
店主「ん?」
バイト娘「率直に聞きますけど……大丈夫ですか?」
店主「大丈夫さ。風邪なんかひいちゃいないよ」
バイト娘「いえ、そうじゃなくて……本当は怒鳴るのもうやめたいんじゃないんですか?」
店主「!」ギクッ
店主「ど、どうしてそれを……!」
バイト娘「お客がいなくなったとたん、店長優しくなりますし、そりゃ分かりますって」
バイト娘「怒鳴ってる時もいつも辛そうな表情してますし……」
店主「ふっ、君から見たらバレバレだったってわけか」
バイト娘「ってことは、やっぱり……」
店主「そう……辛いんだよ」
店主「怒鳴るたびに、ズキズキと心を締め付けられるんだ」
バイト娘「……」
店主「元々この店は“法”なんかなくて、私自身もごく普通の店主だったんだけど……」
店主「ある日、ものすごく無礼な客に――」
DQN『ふぅ~、食い終わった後の一服は最高だな』スパー…
DQN『よっと』ジュッ…
店主『!』
店主『お客さん! 器を灰皿にするなんて、なに考えてんだ!』
DQN『ヒッ! す、すみません……』
店主「――って思わず怒鳴ってしまったことがあったんだ」
店主「で、その時怒鳴った人が、どうも結構有名なワルだったようで」
店主「あれよあれよと噂が広がり……」
店主「マスコミも駆けつけ、『悪党を黙らせる熱血ラーメン屋』なんて記事が書かれて……」
店主「怒鳴る私見たさのお客が大勢やってきて……」
店主「私もついその気になって、これで店が流行るならと、そういう店主を演じてしまい……」
店主「気づいた時には、もう後戻りできないところまできていた」
店主「私が怒鳴るのを期待する常連客がついて、いつの間にか店の法律みたいなのもできて……」
店主「流行ってるのはありがたいが、毎日……辛いんだ」
店主「しかし……やめることはできない」
バイト娘「どうしてですか?」
バイト娘「この店のラーメンなら、怒鳴らなくたって繁盛しますよ!」
バイト娘「私だって、ここの味が好きでバイトに応募したんですから!」
店主「もちろん、その自信はある」
店主「だけど、今日黙っていて分かったんだ。私は怒鳴り続けないといけない」
店主「でないと、今日みたいにケンカになってしまうからね」
店主「ま……あまり気にせず、これからも働いてくれ」
バイト娘「……」
店主「うっ……」ヨロッ
バイト娘「大丈夫ですか!?」
店主「あ、ああ……」
バイト娘(店長、日に日にやつれていくよなぁ……心労がかさんでるんだ)
バイト娘(私が……私がなんとかしなくちゃ!)
<ラーメン屋>
店主「……」
常連A「……」ズズッズーッ…
常連B「……」ズルズル…
バイト娘(今のところ、今日は平和だけど……)
バイト娘「お冷やです」コトッ
青年「あ、どうも」
青年「あ」ゴトッ ジャバー…
青年「すっ、すみません、すぐ拭きます!」
バイト娘「いえいえ、お客さん。私が……」
常連AB「!」ピクッ
店主「!」
店主(水をこぼすのは“法”に反している……怒鳴らないと……)ヨロッ…
バイト娘「店長!」
店主「!」ビクッ
バイト娘「怒鳴らないで下さい!」
店主「え、あ、はい」
ザワザワ……
常連A「ちょっと待てや!」
バイト娘「なんですか?」
常連A「アルバイトの分際で、オヤジさんのスタイルにケチつけようってのか?」
常連B「オヤジさんのこと、なんにも分かっちゃいねえんだな!」
ソウダソウダー! ヨクイッタ! フザケンナ!
バイト娘「……」
バイト娘「分かってないのはあなたたちよ!」
常連A「なにぃ!?」
バイト娘「店長の気持ちも知らないで、怒鳴る店長を持ち上げて、はやしたてて……」
バイト娘「店長はあなたたちのオモチャじゃないのよ!」
常連A「ンだとコラァ!」
常連B「俺たちはラーメンを汚す奴を徹底的に叩きのめすオヤジさんのスタイルに惚れこんだんだ!」
常連B「バイトの女ごときが口出してんじゃねえよ!」
ソウダソウダー! イイゾー! オンナガクチダスナ!
常連A「オヤジさん、このバカ女になんとかいってやって下さいよ!」
常連B「そうですよ! いつもの怒鳴り声、期待してますよ!」
ザワザワ…… ガヤガヤ……
店主「……」
店主「 う る せ え え え え え え え ッ ! ! ! 」
ドヨッ……
店主「アンタら、ウチのバイトにあんだけ好き勝手ほざくたぁ、いい度胸じゃねえか!」
常連A「ひっ!」
常連B「でも、俺らはオヤジさんのためを思って――」
店主「だまらっしゃい!!!」
常連AB「ひいいっ……!」
バイト娘「店長……」
店主「ありがとう、君のおかげでようやく目が覚めた……決心がついた」
店主「皆さん、これまで私のラーメンを食べてくれてありがとう」
店主「だが……むやみに怒鳴るのは、もうやめにしようと思う」
店主「これからは――みんなが楽しく食べられるラーメン屋を目指すッ!」
店主「文句ある奴はいるかァッ!?」
シーン……
店主「いないようだな」
店主「よし、みんな食べろォッ!」
ワァァァッ!
バイト娘(すごい……私のせいでメチャクチャになってた場をまとめあげた)
バイト娘(店長って、なんだかんだいって、人を叱りつける才能のようなものがあるのかも……)
それから――
<ラーメン屋>
バイト娘「ラーメン一丁!」コトッ
男「あ、どうも」
男(えぇ~と、スープから飲まないと……)
男(――ってあれ?)
男(あっちのお客さん、麺から食べてるのに怒鳴られないぞ……?)
男(どうしよう……ルールが変わったのか……?)オロオロ…
バイト娘「お客さん」
男「はい?」
バイト娘「どう食べていただいても結構ですよ」ニコッ
男「あ、そうなんですか! いただきます!」ズルズル…
常連A「怒鳴り声がなくなっても、やっぱりこのラーメン屋には来ちゃうよな」
常連B「ストレスがなくなったせいか、前より味がさらによくなったしな!」
ガラッ!
客「席……空いてる?」
店主「へい、らっしゃい!」
バイト娘「こちらへどうぞー!」
店主「ウチの店のルールはただ一つ! みんな楽しく平和にラーメン食ってくれ!」
― 完 ―
深夜なのにラーメン食いてえ…
おもしろかった
明日はラーメン食べるわ